その選択肢はあっていたのか?

過去のブログを見て頂いたようで、2年前に夫が仕事を転職して家族で地元に戻ったという話についてコメントを直接頂きました。(コメントをくださった方は、転勤族で同じように在宅で働かれている方で、今後どうしようか悩んでおられる方でした)

同じような境遇の方が他にもいればと思い少し振り返り、今の気持ちと合わせて書いていこうと思います。

転勤族という生活

もともと夫は2~3年に一度転勤のある公務員でした(国家公務員や自衛隊などこのパターンはすごく多いですよね)。

結婚したばかりの時は、夫の転勤に付いていけるところまで付いていきたいと思っていましたが、子供ができてからはどうしても母親として子供のことが優先になり、夫と「子供が転校したくない」と言い出すタイミングで、そこからは単身赴任になってもらうかも…という話はしていました。

そのタイミングがいつになるかは当初分かりませんでしたが、私はなんとなく長男の小学校くらいかなという思いは漠然としていました。(夫は単身赴任はしたくないという考えだったので、そのことを具体的に考えたくなかったようです)

子供が幼稚園に入り、新しい環境に馴染むのが他の子より遅いこと、苦手なことが分かり、もしかしたら単身赴任のタイミングが少し思っているよりも早くなるかもしれないということは夫にも伝えていました。

夫は何かほかにできる仕事があれば転職したいな~なんてことはつぶやいていましたが、特に準備はしておらず…。(人間そんなものですよね)

事の発端

2年前、前日まで元気に働いていた母親がくも膜下出血で倒れた(レベル4)という連絡を父親から受けました。(実家まで片道8時間の距離に住んでいました)

私自身ちょっと頭がパニックになりましたが、母親の病状が軽いものではないこと、死に至るか死に至らないまでも重度の後遺症が残るかもしれないことはなんとなく分かりました。

とりあえずその日の午前中だけ子供を幼稚園にお願いし、フリーランスというのは良くも悪くも代わりの人がいませんので、その日に納品予定だった仕事を、午前中に納品しました。(会社に電話してお休みさせてくださいというわけにはいきません。夫からはこんな時に何をしてるのと呆れられましたが)

明日以降の仕事に関してはそのまま実家にパソコンを持ち込み仕事をしました。(仕事量が幸い多くなかったので助かりました)

こんな時に仕事をするのと思われそうですが、まだフリーランスになって2年目で長期の仕事でしたので、できる範囲で仕事は受けていました。(ドライかもしれませんが、母親がどういう結果になろうと私たち家族の生活はありますし、その後もしかしたら私たち家族も新しい選択をするかもしれないという思いがありました)

母親の病状と夫の辞令

母親は幸いにも手術は成功し命はとりとめましたが、1か月ほどICUに入っており、体のマヒなどは少なかったのですが、会話がままならない状態が続きました。先生からも記憶部分などに障害が残る可能性が高いということを聞き、この先母親のこともありますが、残された父親(母親がなんでもできていたので、父親は本当に何も(レンジも洗濯も)できません)は生きていけるのだろうかという心配と不安が大きかったことを覚えています。

そんな状態のときに、夫に転勤の辞令がでました。私としては、今は家族として転勤などできる状態ではないし、先のことが考えられる状態ではなかったので、夫にとりあえず転勤を断れないか、もしくは夫にとりあえず落ち着くまで一人で行ってほしいということを伝えました。

夫の選択と私の選択

夫は上と交渉したようですが転勤は断れませんでした。夫は結局、一人で転勤(単身赴任)をするか仕事を辞めて転職をするかという選択肢の2択に絞られました。

夫の気持ちとしては、こんな時に家族が離れて暮らすのはよくないという思いと、いずれ単身赴任という時期が数年後にくるのなら、今のうちに転職をして転勤のない仕事に就きたいという思いが強かったようで、「仕事を転職したい」という相談を受けました。

母親の状態はいまだ変わらず、会話は「あ~」「う~」のみ、夜中にバタバタ暴れているということで体に結束バンドを付けられている状態でした。

私の選択肢としては、夫の転職を応援するという選択をしました。我が家は子供が男の子2人なので、一人で育てるより夫にも一緒に成長を見てほしいという思いは以前からあったことと、自分自身の収入も少しずつ安定してきた時期だったので、「何とかなるのでは?」という超絶楽天的な性格が選択を後押ししました。

夫の転職とお金

辞令が下りた1か月後、夫の退職に伴って家族で地元に戻りました。バタバタはしていましたが、子供があまり小学校の人数が多くないところが良いというので、子供が住みやすい環境を選び、その地の不動産屋さんに評判の良い地域(閉鎖的な地域もありますので)や学校などを聞いて選びました。(実家からは車で30分)

気持ちは前向きでしたが、この時期は本当にお金がかかりました。居住地から地元への引っ越し代、新しい幼稚園の手続き2人分、新しい家の敷金礼金、夫の住民税などの税金、夫の通勤用の軽自動車など合わせて数百万が「ファッ」と飛んでいきました。

夫の転職は、結構大変でした。資格もアピールできるところもない、履歴書も書いたことがない。基本的に受け身の仕事ですので、営業もできない、事務職もパソコンなどが特にできるわけでもない。

ただ本当に本人の人柄が良く、我慢強さを兼ね備えていたため、知人から紹介していただいた技術系の仕事に経験なしで働けることになりました。(きっと公務員を辞めた理由とか聞かれたと思いますし、本人も転職したことを後悔したことは何度もあると思います)

夫の転職と周りの反応

母は意識が飛んでいましたので、知らぬ間に娘家族が地元に戻ってきているという感覚だったと思います。父親は正直嬉しかったようです。

*ちなみに母はその後驚異的な回復を遂げ、多少本人としては記憶があいまいということが若干あるようですが、「働いても良いよ」といわれるくらい回復しています。

義父義母は、公務員の息子が誇りでしたので正直嫌みの一つでも言われるかと思っていたのですが、本当に人間ができており、「あんたが決めたことなら良いんじゃない」という一言でした。義母は義父の介護を自宅でずっと続けていて、夫はその点も転職のきっかけになったようです。

公務員の奥さんたちの反応はなかなか面白いものでした。看護婦の資格や介護士の資格を持っている奥さんたちは、「良いんじゃない、共働きすれば良いし!」という前向きな反応が多く、専業主婦を希望して結婚した奥さんたちは「なんで公務員やめるの?もったいないよ!!単身赴任させれば良いじゃん!!」ととても保守的な反応が返ってきました。

その選択肢はあっていたのか?

私たち家族は夫が転職するという選択をしましたが、さて2年が経過した今その選択肢はどうだったのかということについては、

私たち家族の選択肢としては現段階では、「良かった」と思っています。

(これは母の回復が予想よりはるかに良かったこともあると思います。)

夫も色々な葛藤はあるともいますが、一生懸命働いてくれていますし、子供たちも新しい環境に馴染んで、以前転勤族だったことを覚えているのでしょう、「転勤はもう嫌だな」と言っています。

私も今後転勤が続くという不安、いつか単身赴任になって自分一人で育てなければという不安、二重生活の生活費に関する不安が解消され、実家も近くなったので頼れることも増えました。

良いことばかりではない…

もちろん、良いことばかりではなく、大変なこともありました(現在進行中であります)。

①収入の大幅減

夫の収入が転職によって給与、ボーナスが3割以上減ったこと、また、以前は官舎に入っていたため、家のローンという項目が増えたことは、以前から分かっていたことですが、正直じりじりと家計を圧迫しています。

ただ、将来的に夫が単身赴任になって二重生活をする(生活費、住居費、帰省費など)ことを考えることを考えたら、そんなに変わらないかなと思っています。

②夫がもし仕事を辞めたらという不安

この2年の間に夫がもしも仕事を辞めたい、もしくは環境に適応できず病気になったら・・・という不安は常にありました。

③夫の休日減によるワンオペ育児

夫の休日は基本的に日曜日しかなく、日曜日に仕事がある日もあります。基本的に夫におねがいするのは年に1度の出張時に1日お休みを取ってもらうことで、残りの育児、家事、地域行事、家計管理などは私が担っています。ワンオペ育児といっても、上の子が小学生になりずいぶん戦力になってくれますので、昔よりは楽になりましたし、夫も帰宅すれば今日の面白話を聞いてくれますので今のところ何とかなっています。単身赴任になっていればもっと大変な思いをしていたので…まぁいいかという感じです。反抗期になれば、また大変だと思いますが…。

この2年間、一番大変だったのは①の不安と②の不安による私の仕事に対する気持ちの変化でした。それまでは夫の収入を柱として、自分の収入は生活の+アルファとして、残りは貯蓄や自分の先行投資に自由に使ってきました。

それが、完全に共働きというスタンスになったことで、私も毎月ある程度の収入(パートでは足りない)を確保しなければならなくなり、自分の先行投資に使うお金や時間が大きく減りました。

幸い仕事は途切れずに頂けているので生活の不安という意味ではまだ大丈夫ですが、今後10年、20年を考えたときにこのままで大丈夫なのかという不安はフリーランスという立場上大きくなったことは事実です。

この2年間は自分のやりがいとか生きがいとか自由とかそんなものを考えるよりも、とにかく目の前の生活のための収入源として翻訳の仕事をとにかく精一杯やってきたという感じで何度か体調を崩したこともありました。

 

時々、このブログを通して、仕事を辞めて翻訳者として独立したいのですが…と聞かれることがあります(男女含めて)。もし旦那さんの収入で基本的に生活が回るのであれば、仕事を辞めてしっかり勉強しながら翻訳者として稼ぐというのは本当に良いと思います。ただし、今まで共働きで働いてきて(もしくは独身、家族を養う身)、旦那さんの給与だけでは生活が厳しい(特にお子さんがいらっしゃる場合)という状況で独立したいのであれば、ある程度安定した収入が見込めるようになってから独立した方が良いのではないかと個人的に思います。(安定していても正直しんどい時があります)

フリーランスという仕事は本当に甘いものではなく、家計が厳しい状態で勉強をするというのは本当にしんどいし、家族がいる場合はなかなか理解を得られないのではないかと思います。(会社に属しているサラリーマンにとっては、勉強よりも収入でしょと思うのは通常の考えではないかと思います)

私自身、大きな決断からもうすぐ2年が経ちます。生活の基盤としての収入をしっかり上げながら、今までの勉強で足りない、もしくは今後の自分のレベルアップのために勉強をしなければならないのですが、そこまで手が回っていないのが現状です。

フリーランスで翻訳者という仕事を始めたことで専業主婦のことには選択できなかった道を選択できたということに対しては本当に良かったと思っていますが、その自分自身で選択した道に対してきちんと責任を取れるようにしていかなくては…と思っています。

新しい決断をするというのはすごく勇気のいることだと思います。どういった決断をするにしても「良かったと思うこと」、「後悔すること」、100%この道を選んでよかったと思うことはほぼないのではないかと思います。どちらの道を選んでも自分自身で責任を取る覚悟があれば、きっと頑張れると思います。応援しています。

 

 

 

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